2015/07/01
「かわいい」に飽き足りない
エディターのソフトを立ち上げたら、書きかけでまとめられなかったT−Wordの原稿が残っていた。タイトルは「数字で人は動くだろうか」。書きたかったのは「データだけでは伝わらないことがある」ということだが、まとまらなくて途中で放りだしてしまった。6月12日の日付が入っている。3週間近くほったらかしてしまったらしい。

最近、テレビで「インターネットに投稿された動画」を流す例をよく目にする。ほとんどは動物の動画だ。「世界中でン百万人が観た」と銘打つだけあって、巧まず見せる仕草がなんともかわいい。「また動物〜?」と文句を言いながら、つい「かっわいい〜!」と頬を緩めてしまう。動物相手の写真は狙って撮るのが難しい。岩合光昭さんみたいに猫に絞って「仕事」として追っかければ「かわいいショット」も撮れるだろうが、シロウトは「かわいい!」と思ってカメラを向けたときにはもう遅い。普段の習性をチェックして、環境を整え、「やらせ」で撮るしかない。実際、「これ、ヤラセしてるよね」と思われる動画も少なくない。それでもかわいいのだけれど。

「子どもと動物」は、以前はタブーだった。目を引く、注目を取れることは分かっている、それを使うのはクリエイターとしてイージーだろう、というわけだ。“プライド”というヤツですか。それでも、赤ちゃんや子どもの笑顔をメインビジュアルにした広告は多かった。かく言うわたしも、子どもの笑顔から入る映像を作ったことが一度ならず、ある。「イージーだ」と、自分でも思う。
しかし、仕事でなければ何の問題もない。「かわいい動画をみんなに見せたい」という気持ちはよく分かるし、それがネット上だけでなく他の媒体でも拡散するのはうれしいだろう。
メディアがそれを掲載するのも、分かる。もともとが「媒体」なのだから、何を載せてもいい。倫理規定はあっても、投稿者の同意があり、場合によっては使用料を支払っていれば倫理規定に反することもない。

プライドとか矜持とか、現代の“市場原理”は笑い飛ばしてしまう。「そんなもの、なんの意味がある?」と。「かわいい」「有名」「強い」・・・分かりやすいモノサシで、あらゆる情報を一刀両断しながら変化していく。
「それでも、もしかして」と、わたしは思う。わたしがとらえているのも、現代の一面に過ぎないのかもしれない。底流には「そうしたモノサシに飽き足らない人」も居るのかもしれない。
「データだけでは伝わらないことがある」。書きかけてまとめられなかったのは、そこにアクセスする方法が、わたしにはまだ見つけられないからなのだと思う。(Tレックス)


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