2015/06/12
試行錯誤1年半
「なんか、ちがう」と感じることがある。「それ、間違ってるよ」と言うには、根拠となるものが自分の中に見当たらない。でも、何かがおかしい。結局、賛同でも反対でもなくあいまいなまま胸の中に溜まっていく。
「社内報の作り方というセミナーがある」と聞いたとき、「え?何を教えてもらうんだろう?」と思った。講師は地元新聞社の人だという。それが、もう20年も前のことだ。
「コピーライター養成講座を始める」と聞いたときも同様だった。「何を教えるのだろう?」
「なんか、ちがう」と溜めてきたものの一つが、これだった。

わたしは広告制作・編集の仕事をしてきた。誰に教えてもらったわけでもない。「文章、書いてみる?」「あ、書けるじゃん」「じゃあ、この仕事してみない」と、なんとなく仕事が拡がってきた。いわゆる「たたき上げ」だ。
会社組織にして若いスタッフを採用すると「育てる」という仕事が必要になってくる。「コピーライターをどうやって育てるのか」と、よく聞かれたものだった。そうだろう、文章なんて誰でも書ける。でも、「誰でも書ける文章」ではお金はいただけない。どこが違うのか、何をして「プロの文章」と言うのか、手探りでやってきた。
そこに「社内報の作り方セミナー」「コピーライター養成講座」である。「参加してみようか」と、半分本気で考えた。でも、ずいぶん高額なので、やめた。
最近になって、地元新聞社OBによる「編集講座」に参加した人と話す機会があった。文章に5W1Hが必要であること、右上からのレイアウトの仕方などが話されたそうだ。「それは、新聞の編集じゃないですか」と、彼女は閉講後のアンケートに書いたそうだ。
情報紙の仕事でも担当者から何度も同じことを言われた。
間違いだとは言わないが、そんなマニュアルを金科玉条のように振りかざしているから面白い編集ができないのだろうと、わたしは思っていた。広告や編集にマニュアルを持ち込むようになったらお終いだと、広告屋の化石は今でも信じている。
だって、目立ってナンボでしょう、広告は。

「では、わたしは何を“商品”としてきたのだろう」と、いま、考えている。文章は誰にでも書ける。しかし、プロとしてお金をいただける文章は「誰にでも書ける」はずがない。じゃあ、何が違うのだろう。そもそも、コピーライターとか編集という仕事はどういうものなのだろう。そこから始めなければ、話にならない。
その一方で、ごく限られた人にしか読まれないのであれば意味がない。わたしは「コピーライター養成講座」や「編集者養成講座」をするつもりはないのだから。

こうして、試行錯誤を続けている。すでに1年半! そろそろ、カタチにしなくちゃね。(Tレックス)


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