2015/06/10
オトナの学習
「習った記憶はないけど、なんとなく知っている」という言葉は多い。「恣意的(しいてき)」という単語も、そんな言葉の一つだ。「恣」という漢字は、平成22年度から常用漢字として登録されたそうなので、わたしが「習った記憶がない」のも間違いなさそうだ。
オトナになって知った単語の多くは、新聞やテレビなどを通して仕入れたもので、前後の文章から「あ、こういう意味の単語なのだ」と自分で納得してしまうことが多い。よほどのことがなければ、辞書を引いて意味を確認することはしない。・・・あくまでも、わたしの場合は、ですけど。
自分で納得するだけならいいが、たまに使うことがある。生半可な知識なので、できるだけ使わないように気をつけているつもりだが、それでも何かのはずみで使ってしまうことがある。今回は、それを免れたという話。

「恣意的に」という言葉を使おうと思ったが、いまいち自信がない。「一応、確認を」と検索したら、わたしの「知ったつもり」は大間違い。「恣」という漢字は「ほしいまま」と訓読みするそうで、恣意的とは、必然性がなく、思いつきのまま、気ままに、といった意味なのだそうな。わたしが思っていたような「意図的に、わざと」といった意味は、大きな間違いだったというわけだ。こういう使い方をしている文章は結構多いようで、それを基に知ったつもりになっていたわたしがお馬鹿だったんですけどね。

もともと、「○○的」といった漢字単語を使うのは好きではない。誰が読んでもスッと頭に入るような文章を書きたいと思っているので、「なんとなく分かったつもり」で読まれると、言いたいことの核心が伝わらないような気がする。で、漢字の単語はできるだけ使わずにすませたい。
しかし一方で、こういう漢字の単語はすごく便利なのだ。長たらしい文章を短くスッキリとまとめることができる。それに、ちょっとエラそうに見えるような気がする。なので、ちょっと使うと、どんどんハマってしまう。本来は、漢字が意味を伝えるから便利だったはずなのに、難しい漢字を使う方が賢くなったような気がして、伝えるという目的を見失ってしまう。
結果、自分で「端的にまとまった文章が書けた」と思ってしまうのだが、しばらくして読み返したら、「頭の上を風のようにスッと通り過ぎていく文章」になって、ちっとも残らない。
よく陥る失敗だ。

言葉は道具だ。使い慣れた道具は面白い使い方や遊び方ができるけど、使い慣れない道具では遊べない。第一、相手にどう受け取られるかもよく分からない。オトナになって学習した道具を自分のものにするには、よほどの試行錯誤が必要だ。

ところで、「恣意的」という単語を使ってわたしは何を書こうとしたのだろうか。あらら、本題がすっ飛んでしまった。きっと、最初の意図が思いつきだけの「恣意的」なものだったのだろう。(Tレックス)


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