2015/06/05
期待されていないニュース
「昨日、田んぼに放った魚をつかまえるイベントが開催されました。」とアナウンサーの声が聞こえてくる。何かしながら聞いているので、だいたいは右から左に流れて脳にとどまることもないニュースだ。だから、ほっとけばいいのだが、最後に取材者の声が聞こえるとイラッとする。「どう?楽しい?」 「たのしい」と子どもの声。ちっとも興奮していないし、楽しそうじゃない。
これ、「やらせ」とちがう?「報道」の腕章をつけた人に「楽しい?」と尋ねられたら「つまらない」と応える子どもは居ないぞ。「うーん・・・」と応えた子の映像は使われることはないから「たのしい」はお約束だ。これはやらせとは言わないのだろうか。
確かに、1、2分程度のイベントのニュースに“斬新さ”を追求してなんかいられないのは分かる。視聴者や読者も“斬新なニュースてんこ盛り”の番組では疲れてしまうから、こういう“ウメグサ”は必要だと思う。
それを認めたうえで、それなら子どものコメントなんか入れるな!と言いたい。魚を追って泥んこになっている子どもの笑顔やはしゃぎ声が入っていれば十分でしょう。楽しさを伝えようと思うなら、少なくとも「ちっとも面白くなさそうな子どものコメント」を入れちゃ台無しでしょう。「これは報道だから」と言うなら、これは「やらせ」ですよ。
ニュースのフォーマットみたいなものがあって、取材者が素材を集めてくる。それを、フォーマットに沿って編集して流す。おざなりの、通り一遍の、何も考えていない作り方。この「何も考えない」が問題だ。(書いているうちにだんだん腹が立ってきた)

分かりますよ。1、2分程度のイベントのニュースを真剣に見てくれる人は少ない。期待されていないんだから、それなら手を掛けずに適当に作っておく。それでできる仕事だ。まったく、その通りかもしれない。でも、私みたいな視聴者、読者は居て、少し考えた作りをしてくれたら「へえ・・?」と、手を止めてテレビの画面を見るだろう。もし、そういう視聴者、読者の姿を見ることができたら、多分、作る人も少し真剣になるのではないか。
送り手と受け手、卵が先かニワトリが先かという話になるのだが、送り手が、受け手のレベルを見くびった時から緊張感が薄れレベルダウンは始まるのだと思う。視聴率とか購読率の数字では分からない「見られ方」「読まれ方」を、テレビ番組や新聞を作る人に見せる方法があればいいのに、と思う。(Tレックス)


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