2015/06/02
信じるしかない
NHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像 豊かさを求めて」。旅行中でちゃんと観ることができなかったかが、面白そうだ。再放送を観ようと思っている。
戦後70年を俯瞰することは、戦後生まれのわたしの人生を俯瞰することでもある。多くの人たちが戦争の傷手から立ち直ろうと必死になっていたことを、ノホホンと生きていた子どものわたしは何も知らなかった。自分の目に入ってくるものが世界のすべてだと思っていた。ウチは貧乏だったけど、それでも中学生になったころにはテレビがやってきた。テレビを観て、新聞やラジオで報道されるニュースが、自分が生活している隣で実際に起きているのだということを少しずつ実感するようになり、やがて、教科書に書いてあることは「「真実」ではなく「現在の通説」に過ぎないことを知るようになった。
学校で習ったことが真実ではない。それなら、何が真実なのだろう。法則、言葉、国境、国土、宇宙・・・間違いないと信じてきたものが実は常に変化し進化していると知って、自分の存在もだんだんと小さくなっていった。さまざまな偶然が織りなす時空のなかに、わたしも偶然存在するだけ。「何かの意味を担って生まれてきた」という思い込みなんて独りよがりに過ぎない。それを知る過程が、わたしの人生だったような気がする。

「それでも」と思う。わたしが認識しているのは「自分」だけだ。他の人も自分と同じようなものだとは思うが、本当のところは分からない。それを信じるしかない。わたしを取り巻くすべてが変わろうと、いや、わたし自身も変化しようと、わたしが認識する「自分」という意識を信じるしかないのだ。自意識過剰と言われようと、それしかない。
自分の生きてきた道を俯瞰する。わたしにとっては、ここまで変化して、なおかつ今もゆらゆら揺れながら動いている自分を俯瞰し肯定することだ。それは、ニッポン(なんなんだろう、これ)も同じだと思う。やり直すことはできないのだから。(Tレックス)


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