2015/05/13
わたしがモノサシ
「私がものさしだから!とは、よく言われたセリフ。」と、MがFacebookに書き込んでいた。23年前のオフィスTでの思い出だ。
彼女だけでなく、歴代のスタッフに言い続けてきた言葉だが、文字だけで見ると「わたしが神」といった高ビーなニュアンスが感じられるなあと、ちょっと反省している。Mもそういうとらえ方をしていたのかもしれない。

文章には「正解」がない。だから、「もっとうまく書きたい」とライターはズーッと奮闘し続ける。特に,経験が少ないうちは「うまく書きたい」という気持ちはあっても、うまい文章がどんなものか、自分が何を目指して奮闘するのかさえ見えないはずだ。言葉を飾ればいいと思う人も居るし、新聞みたいな原稿を書くことが「プロだ」と考えている人も居る。いろいろな考えがあっていい。でも、オフィスTで仕事をする以上、わたしがモノサシだ。わたしは飾り立てた文章がいいとは思わないし、新聞みたいな原稿がうまい文章だとも思わない。なぜそう思わないか、わたしなりの理屈も持っている。だから、そんな文章は書かないでほしい。当面は、わたしが『いい』と言う文章を目標に書いてほしい。そう言い続けてきた。
経験を重ね、原稿を書いたり読んだりする足場が上がってきたら、当然自分なりのモノサシができてくるだろう。「社長の言うことはおかしい」と思うこともあるかもしれない。その時はそう主張しなさい、相手になりましょ。
それがわたしの想いであり、「わたしがモノサシ」というセリフのココロだ。うーん・・・やっぱり高ビーかなあ。

エラそうなこと言いながら、わたしも失敗したり迷ったり揺れたり反省したり方向転換したり、いろいろ葛藤している。「モノサシ」だって、実は結構、基準値を変更したりしている。でも、若い人には、その時に応じたモノサシが必要だという考えはずっと変わらない。

わたしが若い頃の話だ。提出した原稿に対してずいぶん年長の担当者から「まあ、こんなもんか、仕方ない」と言われたことがある。その原稿は、そのまま進んだのだが、気持ちの中で今でも引っかかっている。若かったので原稿に自信があったわけではない。悔しいというのでもない。彼の価値観を知りたかった。彼にとっては、どんな原稿が面白いのだろう。「ああ、そんな書き方もあったか!」と目ウロコになったかもしれない。私は、それを掴むことができなかった。
フリーランスで仕事をしていると、そういう経験の中から自分のモノサシを作っていくほかないのだが、せめて、わたしといっしょに仕事をする若い人には、わたしが考える広告や編集のモノサシを伝えたいと思ってきた。それが、わたしの30年だった。(Tレックス)


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