2015/05/07
ポイントオタク
ラジオから流れてきたのは「ポイントオタク」を自称するリスナーからのメールだった。鉄道オタク(テツオタ)の、さらにピンポイントなマニアで「鉄道のポイント分岐」にフォーカスしているのだそうな。パーソナリティも「なんじゃそれ」「理解できん」とコメントしていたが、「へえ!そんなマニアがいるのか!!」と笑ってしまった。投稿したオタクさんは多分「してやったり!」だったのではないだろうか。
ラジオでは、その後ひとしきり「こんなモノに凝っていた」とか「あんなモノを集めていた」と披露話が続いていたが、このテの話は言いっ放しというか、一方通行で相手と共有できない。聞く方は「へえ」としか言いようがない。「それ、面白そう!私もマニアしてみようかな」なんてことには、ほぼ100%ならない。披露する方も、相手のそういう反応を期待しているところがある。価値観を共有できないことを楽しむ。それがマニアのマニアたる所以なのかもしれない。
それを聞きながら思いだしたのは、専業主婦と仕事を持つ主婦の会話だ。専業主婦を取り上げた番組に対して専業主婦、非専業主婦、それぞれから投稿が寄せられ、番組の中で紹介されていた。大方は自分の立場を肯定し、そうでない立場の問題点をアピールするものだった。
望んで仕事をしている人もいれば、仕方なく仕事をしている人もいる。専業主婦したくてもできない人もいるだろう。それぞれ、事情があって選んだ生活で、人に強いるものでもないし自慢するものでもない。どうしてこんな投稿をするのか、聞いていてイヤになった記憶がある。これはディベイトの番組じゃないんだから、あんたの価値観はあんたのもの、他の人に強要するものじゃないよ、と言いたくなった。
きっと、自分の選択に自信がなくて誰かに肯定してほしいのだろう。「羨ましい」と言ってもらえたら、自分の選択が間違ってなかったと自己満足できるのではないか。わたしの見方である。
「選択をミスったかな」と思うことはいっぱいある。「こうする道もあったのに」と思うこともしばしばだ。でも選んだのは、誰でもない、わたしだ。多くの分岐点で自分で道を選びながらここまで生きてきた、それが「わたしの人生」だ。他の人なら違う選択をして違う人生を歩いたことだろう。わたしは、わたしの人生しか生きられない。いいとかわるいとか、人に決めてもらうものでもないし、自分が「失敗した」と思ったら「残念だったね、今度生まれてきたら違う道を選ぼうね」と自分に笑いかけるしかない。
あれ、分岐にこだわるなんて、わたしも「ポイントオタク」だったのかな?(Tレックス)


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