2014/10/02
アバンギャルドな芭蕉
「季語を入れて5・7・5」。俳句については、この程度の知識しか持っていなかった。
インターネット上の無料講座「JMOOC」、8月は「俳句」だった。「あまり関心はないけど受講しておこうか」程度で始めたのだが、これが面白かった。何がそんなに面白かったか・・・そう、一番は「俳句の一つの見方を知った」ことかな。わたしが考える「コピーライティング」ときわめて共通するのだ。
「俳句」講座の講師、大手門大学の川本先生は言う。
「それまで和歌の時代が千年以上続いて、歌詠みも、もう閉塞状態になってしまった。そこに、和歌の歌語や共通認識としての意味を踏まえた上で、和歌では御法度とされてきた卑俗な言葉や言い回しを取り入れた俳諧が登場し、これが人の心をとらえた。さらに、俳諧の前句だけを取り出した俳句は、斬新でインパクトのある遊びとして迎えられた」
例えば、「閑かさや岩にしみいる蝉の声」という芭蕉の句。「蝉の声が岩にしみいる」という表現はそれまでなかった。さらに、今が盛りとにぎやかに鳴く蝉の声を「閑かさや」と詠む。この感覚が他にない斬新さだった。
ダメ受講生のわたしは、先生の意を正確に伝えていないかもしれないが、少なくとも、わたしはそう理解している。つまり、「言い古された表現」「使われすぎてアカのついた言葉」では、人の気持ちをとらえることはできない。俳句は江戸時代のアバンギャルドなのだそうである。
俳人というと、茶羽織を着て宗匠帽をかぶり、色紙と筆を持って気取っている老人をイメージしてしまう(なんてステレオタイプ!)が、江戸時代の俳人は前衛的で行動的だったようだ。

「文章は誰でも書けるのに、どうしてわたしは文章を書いてお金がもらえるのか」
わたしは20代の頃から考えてきた。今もって、わたしの考えを一言で表現することはできないが、芭蕉の俳句づくりは大きなヒントをくれたような気がする。
別に、JMOOCに時間を割いていることの言い訳をしてるんじゃないんですけどね。(Tレックス)


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